だいふかない記録

だいふくがマンガの感想を書いたりほかのことを書いたりします

再摂取したものまとめ

 どうも。ごきげんよう。だいふくです。
 最近、久々に摂取した作品がいくつかあって、こんなに印象変わるのかと驚いたので、まとめてみます。

 

 

みずたまぱにっく。
 最後に読んだのは中学生か高校生のころ。根本の設定だけは覚えてた。
 同作者の代表作しにバラより個人的には好きな作品、という印象だったが、改めて読んでみたら、あまりの内容の薄さに驚いた。物語としてマシロが何かを成し遂げたという感じでもないし、自分なら本編を半分くらいに圧縮して、後半で忍とマシロを深掘りするかなあと思う。とはいえ、あの文章は良くも悪くもオンリーワンな個性を持っていて、独特な雰囲気を醸し出している。これも一つの作家性というやつなのだろう。

 

みずたまぱにっく。2
 千尋についての話。一巻に比べるとわりと内容がちゃんとしてて、結構面白かった。けど、やっぱあんま強い感情のうねりみたいなのはなくて、一応ひととおり読んだはずなのに、印象が薄い。もしかしたらラノベで日常系四コマをやりました、みたいな話なのかもしれない。そう考えると、単純に時代を先取りしすぎていただけの可能性が微レ存?

 

ヒャッコ
 多分大学生のころに読んだのが最後。
 なんかすげえ面白かった記憶があって、数年前にブックオフでまとめ買いしたんだけど、そのまま放置してた。
 作品全体でみると、記憶通りの面白さで、何度も読み返したくなるくらい大好き。
 それはそうと雀が虎子好きすぎる……。一巻最後の過去編が、全編通して一番良かったかもしれない。

 

・この広い世界にふたりぼっち
 七草先生がイラスト担当という一点のみで購入、以外の記憶が完全に抜け落ちてた。発行年的に高校生のころに読んだらしい。
 第一感として、句読点の打ち方に強烈な違和感がある。明らかに意味合いの異なる文章なのに、なぜか読点でつないでいる箇所が多数見受けられた。また『〇〇、××、△△△△。』みたいな、似たような言葉を羅列させる文章が多用されていて、中盤以降はそのリズムに見飽きてしまったところがあった。戦闘シーンもとにかく読みづらく、正直、なにをしているのかが全然理解できなかった。作者はこの次の次の作品から日常系ラブコメで結構人気が出た(読んではいない)ので、もともとそういう方向性が書きたかったんじゃないかと邪推してる。
 ただ、ここまでやいのやいのと言ってきたけど、一点、主人公のキャラ造形が飛びぬけて良かった。特に、虐待されている少女たちへの対応が見事で、より深く、人間味にあふれた主人公となっていた。正直、自分では、あれは描ける気がしない。シロやクラスメイト、家族に対する態度を考えると、少女たちへの対応は正反対なものにしてしまうと思う。
 ちなみに、現実的なの話、句読点や文章表現の狭さについて、当時違和感を覚えた記憶は一ミリもないので、後述するまよチキとあわせて考えてみても、やはり、ライトノベルには文章力はそれほど重要ではないんだろうな、と思う。
 あ、七草先生のイラストはどれも本当に良くて、特に、あのストイックなまでのモノクロ絵はまさしく先生の完成形だと思うんだけど、まあラノベ的ではないよねって感じ。

 

まよチキ!
 大学生のころに読んだのが最後。「すげえ面白いぞこれを師匠の一つとしよう」って思ってた記憶がある。
 アマゾンで「内容薄すぎ」って評価されてて、そんなだったか?と思いながら読み返して、なるほどその評価を下されるのも仕方ないなと思った。
 とにかく下げが足りない。ヒロインの境遇を聞いたときとか、本編に三か所くらい重ためのシーンがあるんだけど、そのことごとくが『……〇〇だよな』みたいなモノローグで処理されている。その時の内的な感覚とか、表情とか、湧き上がってくるものとか、そういうものをしっかり描写して、感情的に下げるところをきっちり下げてこそ、その後の解放でカタルシスが生まれるわけで、それをモノローグで誤魔化したら、そら薄っぺらく見える。ついでに言うと、構成的に、第三幕がかなり短くアッサリしていて、主人公の苦しんでいる時間が物足りなかったのも、物語の薄さに拍車をかけていたと思う。後半に明らかに物語に奉仕しない余計なエピソードが入っていたり、スタンドバイミーの出すタイミングとか、いろいろと甘い部分も見受けられた。
 ただ、その辺の欠点を補って余りあるほどに、スバル様がかわいかった。やっぱラブコメってヒロインの魅力こそが正義なんだなって思った。
 ちなみに本作では妹含めて三人の女キャラが出てくるんだけど、全員が全員暴力キャラで、主人公がひたすら理不尽にボコボコにされていて、ああこういうヒロインが粗造乱造されてた時代あったなあってちょっと懐かしくなった。

 

・この世界にiをこめて
 たぶん四年前くらいに読んだ。
 才能に対する苦しみと、憧れと、執着と、切実な感情を描いた作品で、好きか嫌いかでいえば一番好きな小説だが、エンタメとしては少し弱めだから、他人におすすめするときは君月にしようって考えてた。久しぶりに読み返してみて、その構成と物語の美しさに目を見張った。
 虚数軸と実数軸の狭間で揺れ動く主人公が、虚数軸に生きる決意を固め、しかし、小説を書くことで、実数軸を生きる力を得る物語。その、実数軸を生きる事を決めた主人公の最後の行動が、あまりに綺麗に物語にハマっていて、読了後の気持ちよさを何倍にも引き上げていた。
 当時、「i章は小説なのか事実なのかあえてぼかして描いてて、でも多分小説なんだろうなあ」といろいろ考察しながら結論出してたんだけど、今読み返してみたら普通に小説だって読み取れる箇所が複数あって、当時の私の目節穴すぎんかと思った。

 

・怪盗クイーンはサーカスがお好き
 たぶん中学生のころに読んで以来。
 東洋の神秘ですねっていうボケ以外ほとんど忘れた状態で映画を見て、こんな話だっけって思って読み返してみたらこんな話だった。
 もしかしたら、子供のころに読んだときより楽しめたかもしれない。クイーンもジョーカーもRDもみんな魅力的で、一生彼らのやり取りを読んでいたいと思える。結構無茶なことしてたりご都合主義っぽい所もあるんだけど、まあクイーンなら仕方ないかと思わせてくれる力があった。読者にそう思わせられたらもうそのキャラクターは勝ちだよな。

 

・都会のトム&ソーヤ
 たぶんこれも中学生のころに読んで以来。
 何巻だったかで栗井栄太にぎゃふんと言わせたエピソード以外ほぼ忘れた状態で読み直してみたんだけど、正直、最近読んだ本で一番面白かったかもしれない。最初から最後までワクワクが止まらなくて、マジでびっくりした。
 で、ワクワクってなんなんだろってふと考えてみたんだけど、多分、「このキャラは次に何をしてくれるんだろうか」という期待感なんだと思う。はやみねかおる先生は、この、期待感の煽り方が抜群にうまく、実際にキャラクターが期待に応えてくれるから、しっかりとした満足感がある。先生のほかの作品も少しずつ読み直していこうと思う。

 

・ムカデ
 amazarashiの曲。大学生のころ、よくカラオケで歌ってたけど、歌うたびに「サビがダチョウ倶楽部にしか聞こえないんよ」って思ってた。数年ぶりに聴き返してみて、あまりの衝撃に呆然となった。
 徐々に追いつめられてゆくひりついた感覚、居場所のなくなってゆく苦しみ。それは攻撃性へと変化し、救いを求め、しかし最後まで救われることはない。
 歌詞も曲も声も、あまりに尖っていて、でも、それゆえに心の深い所に届いた感触がある。
 amazarashiの曲は、暗いようでいて前向きなものが結構多い印象あるんだけど、ムカデはおそらく、最後まで救いのない、ただ救いを求め苦しみ続けるだけの物語だった。(解釈によっては希望を持たせた終わり方だと考える人もいるとは思うけれど)
「愛は愛のフリして全部飲み下せと刃物のぞかせる」このフレーズの意味を理解できなかった大学時代の自分は、幸福で、世間知らずだったんだなぁと思う。

 

・爆弾の作り方
 これを聴く前にたまたま「この世界にiをこめて」を読んでいて、それでようやく爆弾が意味するところを理解した。
 ジュブナイルは悪い言い方をすれば上から引っ張り上げようとする歌だったけれど、こちらは同じ高さから歌っているような印象を受けた。

 

・奇跡
 大学生のころ、サビで奇跡奇跡と二回重ねることから「はいはい奇跡奇跡」と肩をすくめ、「それが奇跡ならこれも奇跡でしょ? じゃあべつにいいよね?」と強気に我を通す歌だという解釈をしていた。が、久々に聴きなおして、たぶんそうじゃないな、と思った。
 たぶん、この歌は、究極の存在肯定なのではなかろうか。
 大学生のころ、とある講義の、外部講師の人に救われたことがある。「あなたは生まれてきたくて生まれてきたんじゃない。だから、死にたいなんて、自分を責める必要はない」たしか、こんな意味の言葉だった。
 amazarashiの歌い上げる奇跡は、たぶん、そういう意味なんだと思う。
 こんなはずじゃないと苦しむそのすべては、父と母の出会い、その血筋、宇宙の始まりにそもそもの根源がある。現在の僕たちは、その、文字通り天文学的な確率、奇跡の上に成り立っている。だから、立ち向かうのも引き返すのも、それは、これまで連綿と続いてきてこれから先も永遠に終わらない、奇跡の一つだ。僕たちは、僕たちのしたいようにすれば良い。
 そういう意味で言うと、この歌における奇跡とは、文字通りあらゆる事象、あらゆる選択のことを指しているのだろう。これまでも、今この瞬間も、この先も、すべて奇跡。無理に立ち向かう必要はないが、引き下がるべきというわけでもない。好きにしたらいい。そのすべてが正しい。
 そんな風に、今の私は解釈した。
 ちなみに、奇跡奇跡と二回続ける意味はよくわからなくなった。意味なんてないのかもしれないけど、歌詞に二回ずつ書かれてるから何かしら理由はありそうな気がしてる。よくわからん。

 


 ということで、ここ数か月せっせこ作ってた爆弾がようやく一つ完成し、ひと段落ついたので、久々にブログを書いてみました。次の爆弾は設計図でずっとつまずいてて困ってるんですけど、まあ、がんばります。